最近、スマホで写真を撮ることが少し増えました。
前までは、写真を撮るといえば旅行先とか、どこか特別な場所に行ったときくらいでした。
でも、ストックフォトに興味を持ってから、日常の中でも「これ写真になるかも」と思うことが増えました。
別にすごい景色じゃなくてもいい。
近所の道とか、空とか、机の上とか、雨の日の道路とか。
今までなら何も考えずに通り過ぎていたものを、少しだけ見るようになった気がします。
日常は意外と見ていない
毎日同じような場所を歩いていると、だんだん景色を見なくなります。
駅までの道も、コンビニの前も、公園の横も、ただの通過点になります。
でも、写真を撮る前提で歩くと、少しだけ見方が変わります。
「あ、この壁の色いいな」
「雲の形がきれいだな」
「朝の光って意外と雰囲気あるな」
そんな感じで、今まで気にしていなかったものに目が向くようになります。
大げさな話ではありません。
ただ、少しだけ日常を観察するようになった、という感じです。
特別な場所じゃなくても写真になる
写真というと、きれいな観光地や有名な景色を撮らないといけない気がしていました。
でも、実際はそうでもないと思います。
むしろ、日常の中にある普通のものの方が、使いやすい写真になることもあります。
日常で撮れるもの
- 机の上のノート
- 窓から入る光
- 道路と空
- 公園のベンチ
- 雨の日の足元
- コーヒーとスマホ
- 朝の通勤路
- 夕方の空
こういうものは、派手ではありません。
でも、生活感や空気感があります。
ブログのアイキャッチや、ちょっとした記事の背景に使うなら、こういう写真の方が合う場面もあります。
写真を撮ると、日常に余白ができる
忙しいときや、何かに追われているときは、周りを見る余裕がなくなります。
スマホで写真を撮るようになってから、ほんの少しだけ立ち止まる時間ができました。
空を見たり、道の端にある影を見たり、机の上を整えてみたり。
それだけで何かが大きく変わるわけではありません。
でも、自分の中に少し余白ができる感じがあります。
写真を撮ることは、ただ記録するだけではなくて、日常を一度見直す作業なのかもしれません。
うまく撮れなくてもいい
もちろん、毎回いい写真が撮れるわけではありません。
撮ってみたら暗かったり、ブレていたり、あとから見返すと微妙だったりします。
でも、それでもいいと思っています。
最初からうまく撮ろうとすると、たぶん続きません。
今はこのくらいでいい
- 気になったものを撮る
- あとから見返す
- いらない写真は消す
- 使えそうな写真だけ残す
- 少しずつ撮り方を覚える
これくらいで十分だと思います。
ブログも写真も、最初から完成度を求めすぎると疲れます。
まずは続けられるくらいの軽さでやる方が、自分には合っている気がします。
写真を撮ることは、日常を拾うことかもしれない
最近思うのは、写真を撮ることは「日常を拾うこと」に近いということです。
何もないと思っていた日でも、よく見ると何かはあります。
朝の空。
机の上のコップ。
帰り道の光。
雨の日の道路。
そういう小さいものを拾っていくと、何でもない日も少しだけ記録になります。
特別な出来事がなくても、日常は残せる。
それに気づけただけでも、写真を撮り始めてよかった気がします。
これからも少しずつ撮っていきたい
これからも、無理のない範囲で写真を撮っていこうと思います。
旅行先だけではなく、普段の道や部屋の中も撮ってみる。
うまく撮れたらストックフォトに投稿してみる。
使えそうならブログにも使う。
そんな感じで、日常の中にあるものを少しずつ残していきたいです。
大きな成果がすぐに出るわけではないと思います。
でも、写真を撮ることで、日常を見る目が少し変わる。
それだけでも、今のところは十分意味がある気がしています。
まとめ
スマホで写真を撮るようになってから、日常の見方が少し変わりました。
何気ない道や空、机の上の小物も、見方を変えると写真になります。
特別な場所に行かなくても、日常の中に撮れるものはあります。
これからも、無理に立派な写真を撮ろうとせず、気になったものを少しずつ残していこうと思います。
何でもない日常も、あとから見返せば意外と意味があるかもしれません。